『男性が受ける性的被害をめぐる諸問題』(Webバージョン)

岩崎直子著

トップページへ戻る   2002.2.5 公開    無断転載禁止です!


このレポートのT〜X章までは、2001年1月から3月にかけてまとめ、その後学術誌に掲載された論文『男性が受ける性的被害をめぐる諸問題』(『こころの健康』第16巻第2号、2001年11月)をもとに、より多くの方に読んでい

ただけるようにわかりにくい表現をなおしたり、説明をつけ加えたりした「Webバージョン」です。タイトルの通り、男性の性被害のもつ様々な側面を少しずつ、広く、浅く紹介しています。海外のデータが大部分を占めるのは、国内

のデータがまだほとんどないためです(その辺りの事情は最後の「Webバージョンの補足」にもう少し詳しく書いてあります)。ややこしいところはとばし読みしてもらうだけでもけっこう情報はつまっていると思います。それに加えて、

わたしが本当に言いたかったことも、「Webバージョンの補足」として書いてありますので、関心のある方はどうぞそちらも見てみてください。

このHPができた時からずっと、掲示板を中心に遠くから見守らせていただいてきました。しかしメカオンチなもので書き込みの仕方がわからず、管理人のくろたけさんに情報を提供して、それを何らかの折に使ってもらうという

形でしか今まで関わってこれませんでした。今回のことも、わたしは文章を送るだけで、あとはくろたけさんがみなさんの目にふれる形にしてくださる、とのおことばに甘えて実現したことです。「このHPで、何らかの役に立ててもらえ

る」と思うからこそ、わたしもがんばれてます。

本文に入る前に、このレポートの中で使用している用語について少し説明しておきたいことがあります。一般に日本では、「レイプ」と聞くと「女性が受ける被害」であり、「男性器の女性器への挿入(vaginal sex, vaginal

intercourse)」という行為を思い浮かべる方が多いと思われます。しかし本文中でもふれる通り、男性の受ける性的被害に関する研究が進む中で、「男性が受けるレイプ被害」という意味の「メイル・レイプ(male rape)」という用語

も使用されるようになってきました。レイプを含む性暴力の被害者、加害者について性別の限定がなされているか、口腔性交(oral sex, oral intercourse)や肛門性交(anal sex, anal intercourse)、男性器以外の指や物の挿入と

いった各行為がレイプにあたるか否かについては、それぞれの国や州、機関によって定義が異なっているのが現状です(本文中の「3.男性が受けるレイプ被害に関する法律上の定義」や文末の注1、注3も参照して下さい)。こ

のレポートの中では、単に「レイプ」と記載してある場合には、女性・男性双方の被害者を念頭において読んでくださいますようご注意願います。

また、本文中には、性暴力行為の定義にみられるように具体的な行為に関する記述がしばしば出てくることがあり、気分が悪くなる方がいるかも知れませんので、読み進める際には十分ご注意下さい。これは、「If He Is Raped」

の掲示板に言うところの「フラバ注意!」です。

ご感想は、岩崎までメールでお送りください。  by いわさ きなおこ ←クリックするとメールを送れます。


目 次

T. はじめに
U. 男性が受ける性的被害 〜被害者がおかれている社会の現状〜
  1.男性の性的被害に関する社会の認識
  2.男性の性的被害への理解に関する問題点
  3.男性が受けるレイプ被害に関する法律上の定義
    3−1.英国
    3−2.アメリカ 
V. 男性が受ける性的被害 〜被害の実態〜
  1.被害率および被害の特徴 〜海外の報告より〜
    1―1.被害率
    1―2.被害の特徴
  2.被害率および被害の特徴 〜日本国内の報告より〜
  3.被害後にみられる影響
W. 今後の課題
  1.データ収集について
  2.社会(特に専門家)の理解不足や偏見について
X. おわりに
文献一覧
Webバージョンの補足

※文中の1)、2)、3)などは、文献一覧の番号です。


T.はじめに

日本ではこれまでにほとんど報告がありませんでしたが、他の国々では女性だけでなく男性も、日常生活でいろいろな性的被害を受けることがあり、それに伴う後遺症にその後も苦しんでいるとの報告があります1―7)。しかし、

社会からの激しい偏見、たとえば“男性が性的被害に遭うはずがない”“もし遭ったとしても抵抗して防げるはずだ”などの存在や、さらには被害者である男性自身が、“性的被害経験=男らしさの喪失”と捉えがちなことから、女性

の場合よりもさらに被害事実が表ざたにならずに、結果として被害を受けた人が必要なサポートを求めない傾向が強かったのです2,8,9)

20年ほど前から調査の行なわれてきたアメリカでは、性的虐待を受けた子どもの11〜47%、認知されたレイプ被害者(注1)の5〜10%が男性で、男性に対する加害者の内 6.3%が女性だという報告があったり1,3,10,11)、男

児への性的虐待とは別に、成人男性の受ける被害に関する調査研究も行われています11) 。さらに、医療関係者を主な対象として、証拠採取や投薬など、被害直後に必要とされるケアに関する情報も提供されています。たとえ

ば、“性別に関わらず被害事実が疑われるケースについては、通常の問診や診察の中で性的被害経験に関する質問をするなどの細心の注意が必要である”などです12,13)

そこでこのレポートでは、これらの欧米の先行研究をもとに、レイプ被害を中心とした男性の受ける性的被害に関する、さまざまな問題について紹介していきます。まずは、おおまかな全体像を理解するための手がかりとしてくだ

さい。このレポートが、今後の日本における男性被害者への理解とサポートについてさまざまな議論が行なわれ、具体的な取り組みへとつながっていくひとつのきっかけとなることを望みます。

 

U.男性が受ける性的被害 〜被害者がおかれている社会の現状〜

1.男性の性的被害に関する社会の認識

女性と同様に男性も、比較的軽いケースから脅迫や暴力行為を伴うレイプに至るまで、あらゆる性的被害に遭う危険性があります。しかし、たとえば刑務所内など女性のいない特殊な環境で起こる男性の性的被害調査や研究

は以前から行われていましたが4,14)、日常の生活場面で起こる“男性の性的被害”に関しての調査・研究がアメリカで本格的に行われ始めたのは、1980年代に入ってからのことでした。

それ以前には、男性が受ける性的被害は、

と考えられ、性的被害の研究対象として見られることはほとんどありませんでした。

 

2.男性の性的被害への理解に関する問題点

英国における男性の性的被害研究の先駆者のひとりでもあるKingは、男性の性的被害が社会からなかなか理解されてこなかったことについて、次のような問題点を挙げています6)

まず、男性は攻撃を受けても抵抗できると考えられていましたが、それは性的な攻撃を受けることによって被害者の内に引き起こされる“恐怖”が見過ごされてきたからです。たとえ抵抗できるだけの力を持っていたとしても、恐

怖心から凍りついたように無力で動けない状態になることは、男性でも女性でも、大人でも子どもでも変わりはありません。でもその後、被害者たちは自分自身を責め、襲撃に対してなぜ自分は抵抗できなかったのかが理解でき

ず、特に男性の場合には、自分の“男らしさ(masculinity) ”について疑問を抱くようになることがあります。
次に、男性は、女性のように普段から“自分自身が性的被害の標的になるかもしれない”とはあまり考えていませ

ん。その結果として、手遅れになるまで他の男性からのアプローチが性的なものだとは気づかないことが多いのです。

 

3.男性が受けるレイプ被害に関する法律上の定義

日本の刑法の定義では、「強姦」の被害者は「女子」のみに限定されていて、男性の受ける性的被害は「強制わいせつ」としてしか捉えられないのが現状です(ただし、被害者が18歳未満の男子のケースでは、児童福祉法や都道

府県レベルで制定された青少年の保護・健全育成を目的とする条例などが適用される場合があり、さらに最近は男児に対する電車内のチカン行為も一部地域で取り締まりの対象となっています)。そこでここでは、男性の性的

被害に関する対策の先進国であり、多くの研究とそれに伴う法改正などの社会システムの整備がなされつつある英国(注2)とアメリカの例を紹介することで、日本の非常に限定された法定義に対する問い掛けとしたいと思います。

3−1.英国

英国の研究者であるHuckleは、彼の論文の中で“メイル・レイプ(male rape) ”という言葉について、「男性(male)に対する強要された、同意のない、挿入(penetration)を伴う性暴力行為を表すために生み出されたものである」と述

べています5)。というのも、1976年に改正された性犯罪法(The Sexual Offences (Amendment) Act of 1976)は、“レイプ”を“強要された、男性器の女性器への挿入”と限定していて、男性がレイプ被害を受けたとしても、英国で

は法律上そうとは認識されなかったからです。男性のレイプ被害(この場合は特に男性器の肛門への挿入: anal penetrationを指しています)は、“同意のない男色行為”とみなされ、女性がレイプ被害を受けた場合よりずっと軽

い刑しか科されませんでした。これには、“男性には自分の身を守れるだけの力がある”と考えられてきたことが影響しています。もしそうできなかった場合には、その男性は弱いとみなされるか、彼自身のセクシュアリティが疑わ

れる結果となったのです。
しかしその後、数々の国内外の実態調査や研究の結果から、1994年11月に性犯罪法が改正されました(Sexual

Offences Act 1994)。その定義によれば、レイプとは「女性に対する性器への挿入、あるいは両性に対する肛門への挿入を伴い、同意がないか、故意に同意の有無を無視する場合」とされています。しかし、この改正法に関し

ては、従来の定義以外は肛門性交だけが“レイプ”にあたるのか、医療現場でみられる“レイプ”の実情の多く(性器への接触、口腔内への男性器の挿入、被害者同士の自慰行為の強要などの anal penetration を伴わない被

害)とそぐわないのではないか、といった問題点が指摘されています7)

3−2.アメリカ 

アメリカでは、州によって法定義が異なりますが、現在では大部分の州で、加害者および被害者の性別を限定しないような定義がなされています。つまりこれらの州では、男性も女性もともに性犯罪の被害者として保護され、また

男性だけでなく女性も“性犯罪加害者”となりうるのです。しかしその一方で、被害をレイプではなく「ソドミー(sodomy)」(非生殖的non-procreativeな性行為。一般に英和辞書などでは「男性の同性愛行為」と記載されている

ことが多い。詳しくは文末の注3を参照してください)や「性的な逸脱行為(“deviate sexual intercourse"“crime against nature"など)」として分類している州もあり、場合によっては被害者も処罰の対象となりうることは、男性被

害者の通報や開示を妨げる結果となっています2,9,18,19,20) 。また、FBI(Federal Bureau of Investigation)で使用されている定義は、「暴力あるいはその脅迫により、女性の意に反した膣への挿入」として女性に対するレイプに

限定しているために21) 、その犯罪統計(Uniform Crime Report:UCR)には男性の被害はあがってきませんが、米司法統計局(Bureau of Justice Statistics:BJS)が行っている全国犯罪被害調査(National Crime Victimization

Survey:NCVS)で使用されている定義では、「暴力あるいはその脅迫による性行為で、未遂を含む。“レイプする”と言っての脅迫も未遂にあたる。女性同様、男性も被害者に含まれる」とした上で、「身体的、心理的に強要された

性交。ここでいう性交とは、加害者による膣・肛門・口腔への挿入(penetration)を意味する。ビンのような物を用いた挿入もこのカテゴリーに含まれる」となっており、男性が受けた性的被害も統計に計上されています22)

 

V.男性が受ける性的被害 〜被害の実態〜

1.被害率および被害の特徴 〜海外の報告より〜

1―1.被害率

これまでの男性の性的被害に関する実態報告のほとんどは、医療現場などで得られた少数の事例報告によるもので、子どもの頃か成人後かといった被害時期の区別もないものがほとんどです。1980年〜1997年の間に発表さ

れた25の報告(内訳は、英国7、アメリカ17、カナダ1)で、それぞれの国や州の法定義を満たす男性の被害者総報告数は432 人でした11)

その中でも比較的大規模で、“成人男性の被害(Adult Male Victimization)”に限った報告がみられるものは、1988年のSorensonらによるECAスタディ(Epidemiologic Catchment Area Study)23) と、1994年のStruckman-Johnson

らによる実態調査24) です。この2つはいずれもアメリカで国内の男性を対象に行われたものですが、Sorensonらの調査によると、1480人の男性対象者のうち、107人(7.2%)が精神的、身体的に強要された結果として性的被害

(ここでは“性器への接触、あるいは性交(intercourse)”と定義されている)を受けていました。いちばん最近受けた被害に関しては、38.8%が何らかの形での性交(口腔,肛門,あるいは膣性交:oral,anal,or vaginal intercourse)を伴う

被害を受けたと回答していました。一方、Struckman-Johnson らの調査によると、204 人の男子大学生のうち、69人(34%)が16歳以降に少なくとも1回以上性的接触の強要(coercive sexual contact)を経験していて、そのうちの

22%が何らかの形での性交を伴う被害でした。また、身体の束縛や身体的な危害、「危害を加える」と脅迫を受けたという回答が、被害者全体の12%にみられました。

以上のような先行研究をふまえて、アメリカの研究者であるIsely らは、1997年にアメリカで性犯罪被害者のサポートをしている1300の機関に対して調査を行い、172 の機関に性的被害に対するケアを求めてきた3635人の男性に

関するデータが寄せられました。その中で被害者がされた行為として具体的な被害内容が判明している報告は1808件ありましたが、最も多かったものは「肛門性交(anal intercourse)」の1 291件(71.4%)で、その他に「フェラチ

オをされた(fellatio)」、「身体をさわられた(fondling)」、「肛門に異物を挿入された」などがありました。また、被害者が加害者に対してするように強要された行為として具体的な被害内容が判明している報告は1686件あり、最も

多かったものは「フェラチオをさせられた(fellatio)」の1000件(59.3%)で、その他に「身体をさわらせられた(fondling)」、「加害者の肛門あるいは膣に自分の性器を挿入させられる形での性交」11)。などがありました。

 

1―2.被害の特徴

男性の受ける性的被害の特徴の1つとして、被害者に勃起あるいは射精を促す加害者の行動が注目を集めています2,5,9,17,25,26) 。その理由としては、

などが挙げられています2)

その一方で、被害者自身は、自分の意に反した被害を受けたのに、身体が性的な反応をしたことによって、傷つき、混乱し、“自分はどこかおかしいのではないか?”と悩んだり、性的なアイデンティティを揺るがせたり(たとえ

ば、男性から被害を受けて身体が反応した場合には、自分が同性愛者ではないかと思うなど)することがあります2,25,26)。勃起や射精などの男性の性的反応は、実際には恥・不安・恐怖・怒りといったマイナスの感情や、脊髄レ

ベルでの刺激によっても起こりうることは、主に精神生理学の分野などですでに繰り返し実証されてきたことなのです。しかし、このことが被害者自身や社会の人々だけでなく、医療・司法・教育・心理などの被害者に関わる専門家

にさえ充分に知られてこなかったことや、“男性自身が望まないかぎり勃起や射精といった反応は起こらない”とか“女性の加害者による性交を伴う被害などありえない”という誤った認識が存在したことなどによって、今まで多くの

被害者が沈黙を強いられてきたのではないかと考えることができます9)
また、加害者あるいは被害者の特徴といえるような性的指向(sexual orientation)の偏りが見られるかどうかといっ

た点についても、この研究が始まった1980年代当初から調査や議論が重ねられているのですが、調査対象の違いによって結果が異なるためか、それぞれの研究者の主張に一定の方向性は見出だせていないのが現状です27)

 

2.被害率および被害の特徴 〜日本国内の報告より〜

これまでに日本で行われた被害調査のうち、女性のみならず男性をも調査対象に含めたものは多くなく、たとえば1996〜2000年の間には5つの報告が出されています28―32)。それらによると、「なんらかの性的な被害経験があ

る」という回答は、最近の調査ではほぼ25%前後で、「rapeされそうになった」「rapeされた」との被害率は、1〜2%前後でした。

日本における被害の特徴に関しては、まだ調査報告数が少ないこともあって統計的なデータに基づいた被害の特徴を挙げることは難しいため、今の時点ではふれずにおきたいと思います。今後のさらなるデータの蓄積が待たれるところです。

 

3.被害後にみられる影響

被害率や被害の特徴と同様に、その影響についても、現時点での報告の多くは、少数の事例から導きだされたものです。そのため、調査結果や研究者の主張が一致しないばかりか、まったく正反対の場合も多いのが現状で

す。それらについて詳しくまとめることはまた別の機会に譲って、ここでは簡単にまとめて紹介したいと思います(ただし、これらはアメリカや英国の被害調査結果から見い出されたものであり、その多くは少数の事例研究によるも

のです。ですからもちろん全ての男性被害者にあてはまるものではありませんし、日本の男性被害者には欧米の被害者とは違った影響がみられるかもしれません)。

性的被害を受けた後の被害者にみられる影響のうち、女性より男性に顕著にみられるとされているものには、

などがあります1,34,35)
その他にも、睡眠障害や食欲不振、消化器系の障害などの身体的影響、性的な障害や自身のセクシュアリティが

揺らぐ・信じられなくなるといった性的関係への影響、性別を問わず他者との親密な関係が結べないなどの人間関係への影響も指摘されています4,8,36) 。また、前述の Iselyらによるアメリカの調査では、被害後にみられる心理

的影響に関する報告1679件中、最も回答の多かったものは抑うつ(91.8%)で、以下恥ずかしさや自責感(89.3%)、怒りや憤り(77.9%)、フラッシュバック(68.7%)、アルコールや薬物の多用(68.4%)と続きます。その中でもIselyが特

に注意を促している点は、自殺企画(自殺したいと考えたり考えたことがある)のある 777人(46.3%)中、実に 76%にあたる 591人もの性的被害者が、実際に自殺未遂を経験していたことでした11)

 

W.今後の課題

ここからは、今後日本でも、女性の被害者と同様に男性被害者も必要なケアを受けることができる社会にしていくためには、どのような部分に焦点を当てて調査研究や検討を重ねて、取り組んでいく必要があるかについて、現時

点でのわたしの考えをまとめて、提案してみたものです。

1.データ収集について

男性の性犯罪被害者の問題は、古くから存在していたにも関わらず、社会からタブー視され、最近になって、虐待・女性への性的被害・DV (ドメスティック・バイオレンス:domestic violence)などに続いてようやく注目されはじめ

た“ラスト・タブー(last taboo)”であるといわれています37) 。だからこそ、何よりもまず必要なことは、やはり被害者の存在やその現状、被害の影響について、社会の人々、その中でも特に医療・司法・教育・心理といった関係分野

の専門家に認識を促すことではないでしょうか。そのことによって、この問題に関する情報や知識を子どもの頃から性教育などの機会を活用して知らせておくこと(ただし、まずは“そういう情報も兼ね備えた性教育を学校や社会

がきちんと行うこと”が前提なのですが?)、身体的・精神的にケアを求めてきた被害者に対して無知から起こる二次的な被害を与えずに適切な対応ができること、そして将来的には法律の改正までを視野に入れた議論がなされ

ることなどが可能となってくると思うからです。
そのためには、被害に関するさらなるデータが必要となってくるのですが、日本では男性の受ける性的被害に関す

る明確な定義がなく、その存在や実態がよく知られていないことなどから、調査の実施には女性を対象とした実態調査以上の困難が予想されます。わたし自身が1999年に男子学生100名を対象として行なった被害調査の経験

から感じた“調査を実施する上で困難な点”は、まず男性の被害者は「面識のある」「同性の」加害者(面識あり:なし=73.5%:26.5%、加害者が男性:加害者が女性=91.2%: 8.8%)から被害を受けるケースが多く、加害者の大

半(64.7%)が「友人・知人」だったことです。さらに、それらの被害経験について、男性被害者のほとんどが「大したことではない」とし、自由記述欄には「友人同士のいたずら、おふざけ、スキンシップの一環」だと捉えている回答が

多くみられたことが挙げられます。確かに、特に小さい子ども同士の場合などでは、ふざけて抱きついたり身体や性器をさわったりすることも十分にありえることです。しかし、本当に心からそう思って納得していたとすれば、その

時のことを“性的被害調査”と明記してある調査用紙に「被害経験有り」と記入するものだろうか、という疑問が残ります。“いたずら、おふざけ、スキンシップ”の一種だと思っていても、何か嫌な思い、嫌な感じが残っているからこ

そ、このような調査の時にその経験を思い出すのではないでしょうか。
いずれにせよ、日本ではまだ男性被害者に充分な対応ができる専門機関はほとんど存在していませんし、被害事

実を公にすることで被害者自身の被るメリットとデメリットを考えると、デメリットの方が圧倒的に多いのではないかと思わざるをえないのが現状です。社会への啓発を行なうためには、調査に基づいた確かなデータが必要なので

すが、そのデータを集めるためには社会の人々からの、ある程度の理解が欠かせない?。この行き詰まりの打開策としては、わたしは今の所、実施する調査それ自体を、参加者に対する啓発の役割を兼ねるような内容にしてお

くことにしています。

2.社会(特に専門家)の理解不足や偏見について

調査に困難が伴うのと同様に、これもやはり被害経験の開示を受ける側の理解や知識、経験の不足、あるいは偏見などに原因があるのだと思いますが、被害者がようやく被害事実の開示を決心し、相談しようとしても、冗談とし

て受けとめられたり、時には頭から否定された経験を持つ被害者も少なからずいることを、わたしはこれまでに相談の現場で度々被害者自身の口から知らされてきました。“一番仲のいい友だちに思い切って話してみたんだけ

ど、アダルトビデオか何かの話だと思われたのでとっさに自分もそのように調子を合わせて、ふざけて終わってしまい、余計に傷ついた”というような経験談を、何人かの人が語っています。加害者が女性の場合には、さらに被害

者の傷つきは周囲に理解されにくくなるようです。この問題に関して、アメリカでは、女性からの性被害に関する調査用紙を回収した際、欄外に「ラッキーな奴もいたものだ!」と書かれていた例が報告されていますし38) 、日本で

は、性的虐待を受けた男児について森田ゆりさんが著書の中で次のように述べています39) 。『加害者が女性の場合、男子の被害者にとって、被害体験を自分の心とからだを犯した暴力と受け止めることは一層難しくなる。社

会に広く流布しているセックス文化は男子たちに異性とセックスをするのは男の手柄だと教えている。その出来事が不安や恐れや相手への不信や不快や苦痛を伴ったとしても、それはセックスの体験であり、セックスのてほどき

であり、「いい体験」であったはずなのだ。そう受け止めることを社会は男子に要求している。被害者は自分の本当の感情を否認し抑圧しなければならない。』

しかし非常に残念なことに、わたしが最も耳にすることが多いのは、公的・民間を問わず、電話相談機関にかけてみたのだが、性的な内容の話だとわかった途端に、「そんなことあるはずがない」「いたずらはやめなさい」と怒ら

れたり、時には電話を前触れもなく一方的に切られた経験を持つ人たちの声です。彼らの中には、「相談員の人にさえ信じてもらえないで、こんな対応をされるなら、周囲の人には絶対に話せないと思った」「たすけてもらえるどこ

ろか、話すら聴いてもらえないような自分には何の価値もない気がした」と、その時の感情を表現する人もいました。また、先に述べた“男性の性的反応=同意あるいは快感を伴っている証拠”では決してないのだという事実が

一般に知られていないことから、誰からも適切なアドバイスを受けてこなかったために、自身のセクシュアリティに疑問や恐れを抱いたままの被害者もいます。特に女性から被害を受けた際には、それ以上の開示ができないまま

に時間が経過し、再び相談しようと決心した時には性的な機能障害や親密な人間関係が築けないといった深刻な後遺症に苦しんだ末であることが多いような印象があります。

男性からかかってくる性的な内容の電話相談の中には、作り話やいたずら目的のいわゆる“セックス通話者”40) からの電話が少なくないことは事実です。不快な思いをさせられた事のない相談員はいないと言っても差し支えな

いでしょうし、その回数は相談活動に関わる年月に比例して増えていくでしょう。そういう不快な経験が積み重なっていくと、性的な内容の電話を警戒したり、過度に反応したり、避けたいと思うことは、相談員も人間である以上当

然のことだと思います。ただし、その中にはすでに紹介したように、ひどく傷つけられた被害者も存在するのだという認識をもつことなしに、セックス通話者の存在とそれをどう処理するかといったことばかりに焦点が当てられてし

まうと、被害者が受ける二次的被害の問題があやふやにされてしまう危険性があります。このセックス通話者に関する問題はそれだけでも十分に研究に値するテーマであると言われており、ここでは詳しく述べる余地がないので

これ以上ふれませんが、いずれにしても、まずは相談員が男性の性犯罪被害者とセックス通話者に関する個別の知識を得て、それぞれからの電話を区別して対応ができるように、経験や研修を重ねることが重要だと思います

(結局そのためには、いたずらの電話もいっぱい聴かなくてはいけないはめになってくるのですが)。
このことについて、アメリカで電話相談員の指導にあたっているWarkは、“男性通話者‘すべて’に対して否定的な

態度と疑惑をもって対応する態度を作り上げてしまうのを予防する”という意味でとても重要であるとして、セックス通話者を見分けるためのさまざまなチェックリストや研修の方法を提案しています。これらのチェックリストは日本

でも充分参考にできるものだと思います。そこで繰り返し強調されていることは、

ということです40)
これらのことは、わたし自身の経験に照らし合わせて考えても、とっても有効であるように思います。特に、事前に

スタッフ同士でいろいろ話し合って、自分の中の偏見や聴くのが苦手な話題が何かといったことを自分で確認しておくことで、実際にそのような電話がかかってきても、相談者の目的を見極められるまで(本当に困っている相談

か、いたずらかの判断がある程度つくまで)比較的相談者に操られることなく、冷静に対応できるように思います。また、他の相談員の自分とは違う物事の捉え方や考え方を知ることで、それまでとは違った対処ができるようにな

ってくることもあります。

 

X.おわりに

以上、海外の研究を主な資料として、これまでほとんど顧みられてこなかった男性の性犯罪被害者の存在と、社会が抱える問題について少しでも多くの人に知ってもらえるように、アウトラインだけをまとめて紹介してきました。た

だしもう一度繰り返しますが、これらのほとんどは、警察・司法・医療など各関係機関における限られたデータから得た結果だということは忘れないでいてください。これらは決して、“男性の性的被害者”に一般化できるものでは

ありません。安易にこれらの枠組みに当てはめて考えることは、男性被害者に対する新たな偏見を生み出す恐れすらあります。それを防ぐ意味でも、今後のさらなる調査・研究の積み重ねが必要とされている分野であるといえるのです。



(注1) 英国法およびアメリカの各州法においては“rape”“(criminal) sexual assault”“(criminal) sexual misconduct”等の異なる用語が用いられていますが19)、このレポートでは現時点において、とり

あえずこれらを一括して“レイプ”と表記しています。しかし例えばアメリカの全国犯罪被害調査:NCVSでは、本文中に示した“rape"とは別に、“sexual assault"を「レイプ既遂あるいはレイプ未

遂を除く、広範囲にわたる被害。被害者と加害者の間で起こる、望まない性的接触を伴う攻撃や攻撃未遂。暴力の有無は問わず、(被害者の身体を)つかむ、撫でる(fondling)といった行為も含

む。また、言葉による脅迫もこれに含まれる」と規定し、両者を分けて捉えています。他方、ニューヨーク州刑法典に基づいたコーネル大学の定義41) のように、“rape"を「脅迫し、あるいは同意な

しで、あるいは相手が同意の判断不可能な状況に乗じて性行為をすること」、“sexual assault"を「公然わいせつ、レイプ、性的虐待、相手の同意のない性交(sexual misconduct)、ソドミー(sodomy)

などを含む広いカテゴリーであるが、これらのみに限られる訳ではない」として、“rape”を“sexual assault”の一部と捉える動きもあり、ある行為を表す用語とその定義がいまだに統一され

てはいません。被害調査を行なうためには、被害を表す用語とその定義を明確に表すことが必要となってきます。日本でも最近になって性的被害調査が行なわれはじめたことから、このような用

語と定義に関する問題が徐々に重要視されてきています。今後は、法学者をはじめとする各方面の専門家や実際のサポートに関わる人々を交えた積極的な論議がなされることを期待したいと思います。

(注2) ここでは、イングランド及びウエ ールズを指します。
(注3) 1961年まで、アメリカの全ての州では非生殖的な性行為(non-procreative sex)を禁止する法律(sodomy law)がありました。しかしその後次々と廃止されたり違憲判決が出たりして、2001年7

月のデータでは、ソドミーを犯罪だとする法律が残っているのは16州とプエルトリコのみとなっています。その内で、同性間の行為に限って禁止されているのは、カンザス、ミズーリ、オクラホマ、

テキサスの4州です42)。性犯罪とみなされる各行為の定義は州によって異なり、各州法をインターネットで調べると、大抵の場合最初に注意書きがあります。例えばカンザス州では、「あなたが

慣れ親しんで、一般的だと考えている用語は、州によって全く違った法定義がなされています。例えば、ソドミーの定義に口腔性交(oral sex)や獣姦(bestiality)、異性間の行為(heterosexual

activity)が含まれるかどうかは州によって異なります」となっています43)
参考までに挙げておくと、例えば上記のコーネル大学の定義においては、“ソドミー”とは「婚姻関

係にない個人の間で、強要による、あるいは同意のない、あるいは相手が同意の判断不可能な状況に乗じた性行為。肛門性交anal sex)、口腔性交(oral sex)を含む」となっています。その基礎

となるニューヨーク州刑法典では、ソドミー法(consensual sodomy law)は2人の成人が男性器と女性器による性交(penis-to-vagina intercourse)以外の性的な行為をすすんで行った場合に、こ

れを違法とみなしていましたが、この法律は2000年6月に廃止されています44)
また、同性間に関してのみソドミーを犯罪行為とみなしているカンザス州では、ソドミーを「口腔あ

るいは肛門性交;人と動物との間における口腔・肛門性交あるいは女性器への指・物(any object)の挿入;身体の一部(any body part)あるいは物による肛門への挿入、ただし一般に健康

管理のための検査手続きとみなされる行為は除く」と定義した上で、それが同性間あるいは人と動物との間で行われた場合(bestiality)に犯罪行為(criminal sodomy)とみなされます43)


文献一覧

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Webバージョンの補足

本文を読まれた方も、そうでない方も、ありがとうございます。このレポートにとにかく「おや?」と目をとめてくれただけでも、すごいことだと思います。なにしろ、“ラスト・タブー(last taboo)”だといわれている通り、今まで社会から

否認され続けてきた問題ですから。 ここからは、上記では書けなかった自分の気もちに近い部分の補足です。 上記の文章は、「学術論文」という制約があったため、初稿からかなり削除・訂正せざるをえなかった部分があったの

です。そしてその削除・訂正したことの多くは、わたしが本当は言いたかったことでした。 なので、ここではその部分を復活させてもらおうと思います。まとまった形ではありませんが・・・。

その前に、上記の論文(Webバージョン)の説明を少し。見ていただければわかりますが、この論文は、内容のほとんどが海外のデータをまとめなおしたものです。その大きな理由は、

国内の現状を紹介できるだけのまとまったデータもケースもまだないけれど、なるべく早い段階で、他の分野の専門家の人たちや、関係分野なのだけど、この問題を知らない、あるいは理解のない人たちに現状を知ってほしかった。海外ではここまですすんでるんだよ、ということを示すことで、いかに日本がおさむい現状にあるのかも理解してほしかった

ということがあるかと思います。
わたしはもともと現場の心理屋さんで、犯罪被害者の方たちの相談に関わるようになってから研究の世界に足を

つっこんだだけの、半分素人みたいなものなので、本当の所はよくわかりません。が、いわゆる「専門家」の人たちに理解してもらうための手がかりにするには、「学術論文」としてとにかく発表してしまうことが近道になるような気が

したんですね。それだけ(学術雑誌に掲載されるくらい)重要な、これから取り組んで行く必要がある問題なんだ、と認識されたということでしょうから。

それともう1つ、わたしが男性/男の子から性的な悩み、被害や加害行為に関する話を聴くのは、ほとんどが電話相談だという問題がありました。そういう場でたくさんの話を聴くことで、わたし自身はこのことがとっても重要で、個

人の理解だけでなく、将来的には社会システムの整備といったような対策も必要になってくる問題だと知ることができました。同時に、被害やその後遺症として複数の人から繰り返し聴く内容があることから、なんとなく特徴的なこ

とがみえてきたりもしました。でも、匿名の、どこから、誰がかけているかも確かめられない相談、そこから見えてきたものだけでは、専門的には「根拠に欠ける」とみなされるのです。これは、“どんなに注意を払って調査を進めて

も、被害経験がある人をまた傷つけたり、不快な思いをさせてしまう危険性がある”とわかっていて、それでも被害者のおかれている現状に関して調査をしていかざるをえない理由でもあります。

ほんとは言いたかったこと

電話に限らないけれど、相談を受ける人について、です。実際に、男性からの性的な相談の中には、作り話やいたずらも多いです。それは残念ながら、本当の話です。でも、聴きながら「・・・?」と思う部分に質問をはさんでいくと、

まず8〜9割のケースではいたずらか、そうでないかはわかるのではないか、という印象を持っています。ただ、そこにたどり着くまでに数分から数十分、話を聴かないといけない訳で。世の多くの相談員さんは、それに耐えられな

いのではないかなあ・・・?
性的な話題や暴力的な話って、どうしても耐えられない人って、いらっしゃいますよね。それはそれでしょうがない

し、構わないと思うんです。ただ、それをどうしてもっと相手が傷つかない形で伝えて通話を終わらせてくれないの、せめてそれくらいしてください!とは思うのです。わたしが相談を受けて一番腹が立ったケースでは、何日も悩ん

で、何度もためらって、緊張して手が震えてどきどきしながら、やっとかけた電話の相手に、「なに、あなた、マスターベーションしてるんでしょ!」といったようなことを言われて、がんっと電話を切られた、と。その子が再び相談機

関を探し始め、わたしがいたところに電話してきてくれるまでに、1年半以上たっていたのです。よくよく話を聴いてみると、どうもその時、緊張のあまり、過呼吸のような状態になっていたみたいなんですね。

たくさんいたずら電話にさらされていると、確かにすごくつらくて、何度も続いた後には、電話をとる声が「うわ、なんかこわくなってるよ」と自分で思うこともあります。だからわたしだってえらそうなことは何も言えないんですが、それ

でも、「電話相談にはそういうことがあると承知の上で相談員を始めるものではないんですか?」と言いたい。必死に聴いていた電話が、実は全くの性的ないたずら電話だと途中で知らされた時の悔しさ、腹立たしさは口では説明

できないものです。自分が女性であることさえ悔しくなることもあります。電話を切られた後に、一緒に相談員さんがもう1人いれば、わたしはわーわー怒って、「もう、こんなことやめるー!!」と暴れたりもします(それもどうかと

思いますが・・・少なくとも、相手の相談員さんには大迷惑?)。相手に対する怒りというよりは、“そういう目的の電話に使われた自分”が情けなくて悔しくてたまらないみたいです。

でも、その後、いつも考えることがあって、それを思い出すと、落ち着くことができます。それは、「真剣に聴いて、でも実はいたずらで、自分が騙されたり傷ついたりするのと、『いたずらかも?』と疑って、信じきれないで、その結

果、本当に困ってものすごーくがんばって相談してきてくれた人を傷つけるのと、どっちのメリット、デメリットが大きいの?どっちが、後で自分は本当に悔しいの?」ということです。そう考えると、いつも、「たとえ数にしたら少数であ

っても、本当に困って相談してきた人を自分がさらに傷つけるくらいなら、別に自分が騙されるくらい、どうってことない!」と、わたしは、思います。かなり力技がいりますが、“次に騙されないための練習だったんだ”とも考えられ

ますし・・・。(そう、論文の中にも付け足しましたが、いたずらかそうでないかを見極めるための経験を積むためには、やっぱり数にあたる必要もあると思うので、最初から「こういう分野の話は苦手!」と言われる相談員さんに

は、その辺が難しいんですね。それでも、スーパーバイザーのような立場の人が、様々ないたずらのタイプを提供するロールプレイといった形での練習はできるのではないかと思います)

論文の初稿を書いた時点では、「相談員になるからにはそれくらいの覚悟はしてるんじゃないの?傷つけることに比べたら、騙されたっていいや!って納得できるんじゃないの?」というふうに思っていたのだと思います。それで

論文にもそう書いたのでしょうけれど、やっぱりこの部分はわたしの先走りすぎというか、あまりにも個人的で感情的な意見すぎて、ばっさり削除することになってしまいました。今は、“やっぱり聴くのが苦手な人には、これは押し

付けであり、暴力でもあったかなあ、いくら「わたしは、そう思います」と言ったところで・・・。とりようによっては、非難してるみたいだよなあ”と思ったり、その一方ではやっぱり、“専門家なら騙されても、「あーあ、やられた」と、後

はなんとか自分なりのセルフケアをしつつ・・・ではだめなんだろうか・・・?”と思ったり。いろいろ揺れていますが、やっぱり最低限、「自分はこういう話はきけないの」とか(これでも傷つく人だっていると思いますが)、相手をできる

だけ傷つけない形で電話を終わらせてほしいと思って、ああいう感じの論文にひとまず落ち着きました。それでも落ち着かないでくすぶっていた気持ちの部分が、ここに出てきた訳でした・・・。

はじめに書いた通り、“わたしの印象”では、8〜9割の相談は、作り話・いたずらかそうでないかが途中でわかってきます。残りはわからないわけですが、それはイコール、“終わるまで(終わっても)自分が騙されていたことには気

づかない”訳ですから、「それはそれで、何にも問題ないやん・・・」と思うのですが・・・。そんなお気楽な問題ではないのでしょうか。その辺はちょっとまだはっきりしません、すみません。そのうち、相談員さんに対する調査もしてみ

ましょう! とりあえず、今回一番補足しておきたかったことはこれなので、他にいろいろあることは、また次の機会があれば、にしたいと思います。

しかし、最後の最後にもう一言だけ、勝手なことを言わせてもらっていいでしょうか。

わたしの関わっている相談機関には、被害者だけでなく、加害行為をしたことのある子どもや大人からの相談もあります。加害行為については、被害経験よりさらに、話す方も話しにくい、聴く方も受け入れ難い、ということは言え

るかと思います。それでも、わたしは語ってもらいたい。被害者が1人でも少なくなるように。加害行為をした人がそれ以上は続けないですむように。

*   *   *   *   *   *   *   * 

自分の中でもいろいろすっきりしていなくて、文章にすると、誤解を招いてしまうような気がするので、これ以上は今は書きません。それでも、どうか、あきらめないでください。いや、一時的には、疲れてしまったら、あきらめるのも

いいかとは思うのですが。それでも、どこかに、必ずあなたの話を受け入れて聴く人がいると思います。人間誰でも、何かしら溜め込んでいることがあると思うのですが、それをことばにして、吐き出すことの効果って、必ずあると

思うのです。もちろん、今とは言いません。いつか、誰かに語ることができる日が、訪れたらいいなあと思います。それまでは、わたしたち一人ひとりに流れる時間が、少しでもやさしいものだといいなあ、と。

くろたけさん、みなさん、本当にどうもありがとうございました!!

2001.1   いわさき なおこ


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