リンダ・ジンガロ講演「少年(男性)の性被害を正しく理解するために」

時:2005年4月23日   所:京都市


2005年4月、桜から新緑へと移りゆく京都で、カナダのカウンセラーのリンダ・ジンガロさんを講師にお招きして、「少年(男性)の性被害を正しく理解するために」という講座を開催することができました。

参加者は約60名。講座終了後の交流会もにぎやかに終えることができました。

参加者の皆様、リンダさん、通訳の方々、リンダ連絡事務所、アルバイトの皆様、チラシ配布やメール転送をしてくださった皆様、その他さまざまにご協力くだった皆様、こころより御礼を申しあげます。

男性(少年)性被害というのは、人類の歴史のなかで数百年、数千年にわたって否認され隠蔽されてきました。いわば「人類最後の秘密」とすら言えるくらい強い否認のもとにあります。

今回、はじめて日本で少年への性虐待や男性性被害をテーマとした一般講座を開くことで、歴史の沈黙を少しだけ破ることができてうれしく思います。

この講座は、砂漠に垂らした1滴のしずくにすぎません。このしずくが、いつか小さな水たまりとなり、やがてそろりそろりと流れだし、そしていつか大河へと育ってゆくことを願って止みません。

この空の下、おなじ志を持つ人がいることを知ったことは、なんと幸せなことでしょう。この時の流れのなかで、おなじ学びを共有できたことは、なんとうれしいことでしょう。それでは、また、いつか、どこかで、お会いしましょう! 

下記に講座内容の要約などを、アップしました。どうぞご高覧くださいませ。

(追記)2007年、もしくは2008年にリンダさんが再来日する折りに、今度は関東で少年(男性)性被害の講演会や、男性サバイバーのためのワークショップを開催したいものだと思っています。ご協力できるかたはメールをください。        (2005年5月6日くろたけ記す)


リンダ・ジンガロ略歴と、京都講座へ寄せたメッセージ
講座の要約
ネットワークをつくるためのワーク:「男性サバイバーの支援のために何が出きるか?」
当時の募集要項


 

★リンダ・ジンガロ Linde Zingaro さんの略歴★

カナダ在住のカウンセラー
993年以降、たびたび日本に来日し、各地で子ども時代に性的侵害を受けた成人サバイバーのカウンセリングのための集中講座と講演会を開催。
2年前には、日本の男性サバイバーの自助グループに来ていただいたこともあります。
カナダにおいて、1977年に社会福祉局や住宅局とタイアップして、家出、ホームレス、売春など、危機に直面する若者に住居と支援を提供する非営利団体を設立。
1986年からは団体の所長兼主任研究員として、性的、身体的虐待を受けた若者に支援とカウンセリングを提供。
1991年〜92年には医師による患者への性的侵害を調査するためのホットラインのカウンセラーを勤め、データを収集。現在はカウンセラーとして、カナダで開業、個人・グループカウンセリングをしている。

★リンダさんが今回の京都講座に寄せてくれたメッセージ★

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About a message for male survivors:

Woman and man, we can confront the violence of sexual abuse.
Man and woman, we can learn to tell the stories of our pain and our courage in survival.
We can demonstrate our strength in our respect for each other,
We can help each other move from the darkness of shame,
support each other to resist the deep and lethal pull of sadness.
And when we are strong again, complete in compassion for ourselves and each other
we can work together to support and protect the wounded girl, to find and love the lost and silent boy.

Wishing you the best
I'll see you soon, take care, 

Linde   2005.4.5

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講座の要約
講演内容を、参加者のお一人に要約していただきました。どうぞ、ご一読ください。

To understand male sexual victim survivors betrayed as boys
Workshop by Linda Zingaro

2005.4.23   

「性被害を生き残った男性を理解する―少年の時に裏切られて」―リンダ・ジンガロさんのワークショップの英語でのタイトルそのものが多くの重要なことを物語っている。会場で感じられたその雰囲気と暖かさを伝えることができないのは残念だが、以下に内容を要約した。

本ワークショップにはいくつかの枠組みが設けられた。まず第1に、「自分の経験に関して語ることができるのは自分のみ」、さらに、「何らかのことに関して問われたとしても、回答しない選択もある」という内容であった。

また会場には参加者が避難することが出来る「セーフティ・ルーム」が設けられており、この対策は被虐待者を理解した上での配慮であった。性虐待被害者にとって自分の経験を語るのは、時には自分をその過去に引き戻してしまうほど危険な作業である。

何故ならば、自分の経験を開示すると自己処罰のシステムが発動するからである。語れるようにいたるまでのプロセスがあり、自己処罰の度合いによって語れる範囲が異なる。なお「生き残りsurvivor」、という用語には、自殺や他殺を正に生き残った、という意味が含まれる。

☆      ☆       ☆      ☆

次に、何をもって性虐待を定義するのか、リンダさんは必ずしも法的な定義に基づくものではなく、むしろ受けた危害や痛みの度合いによるものだと述べる。

性的虐待においては裏切り(betrayal)が大きな要素であり、裏切りの度合いによって、危害の大きさが異なる。もし虐待が家族内に生じたのであれば、これは最も根源的な関係における裏切りであり、安全感が根底から覆される経験となる。

そしてもし加害者は他人であったならば、社会は安全な場所、自分は価値があって有能な人間であるという思いが裏切られたのである。

さらに被害者が男性であれば、自分は「男性である」という認識を裏切る経験でもある。何故ならば、女性は性被害の対象になり得るというのは社会的な通念であるが、男性の場合はそうではない。男性は常に勇敢で、強くて、タフで、支配する立場が期待される。

そこで男の子が性的虐待の被害を受けた場合、自分が弱くて、支配されたことになり、これは正に自分の男性性を疑う経験となる。すなわち性的虐待という裏切りによって信頼関係、身体の正常な機能、身体的自己イメージや自分が人生の舵をとっている感等、と数え切れないほどのものが失われる。

☆      ☆       ☆      ☆

統計に触れると、アメリカの1986年の研究報告によると、性被害に初めて合った男性の平均年齢は10歳である。この年齢というのはちょうど男児が近場を遊びまわる自由が与えられる年齢にあたる。加害者は家族以外の第3者が多い。

次に性的虐待の加害者となりうる年齢差は法的には、4歳上として定めている。しかしながらこの年齢差は必ずしも実際の立場の優位性を反映しているとは言えない、何故ならば体型や身体的な特徴以外に、年齢差がより少なくても、一方が加害者となりうる主従関係も存在するからである。

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虐待には力の関係 power difference(支配する・支配される関係)がある。支配されたものには恐怖心、怒り、無力感、喪失感、悲しみと受け入れ難い感情がある。ちなみに一般的に女性被害者の場合は自分の中にある怒りを意識しにくく、男性の場合は怒りの奥にある恐怖心や無力感、喪失感、悲しみを意識化するのが困難のようである。

後者はこれらの気持ちを否認するのに、自分の男性性を過剰に誇示したり、攻撃的になったりする。支配される不安や恐怖心が強すぎると、関係のなかで自分が完全に相手を支配することでしか安心することができなく、その関係が家庭内暴力、DVの関係という形で表現されることもある。

☆      ☆       ☆      ☆

男性被害者はいずれ加害者に同一化するという仮説があるが、すべての男性被害者がいずれ加害者になるかというと、実際はそうではない。10−15%の被害者が加害者になっているという統計があるが、それは暗に、85−90%の被害者は虐待するのを選んでいないことも意味しており、リンダさんはこの「目に見えない統計」に注意を向ける必要があると指摘する。

しかし、かつて性虐待に合った男の子が20代になって加害者となることもある、とストリートチルドレン支援の経験からリンダさんは述べる。さらに、支援してきた被害者が虐待をした場合、どの段階で支援をあきらめるか、というのは難しい問題である、とリンダさんは加える。自分の行動の責任者、いわゆる加害者としてみなす時もある。しかしその人を信じるのをあきらめた時、その人も自分を信じるのをあきらめる、と述べていた。

☆      ☆       ☆      ☆

次に、リンダさんは性虐待を理解するのにPTSD(post traumatic stress disorder:外傷後ストレス障害)の概念は有意義であると見なしている。性的虐待はトラウマ traumaであるが、PTSDの頭文字のなかで、障害を意味するD disorderよりも、むしろ反応を意味するR responseの方が適切だとみなしている。

何故ならば性的被害を受けたような状況を回避するのは賢明だし、自己を守るために乖離するのも重要だし、色んなものに対して非常に敏感になるのはむしろ適応的な反応である。

☆      ☆       ☆      ☆

「性的虐待は加害者によって生じる」(sexual abuse occurs by the perpetrator, not the victim、けして被害者の責任によって起こるのではない。被害者は「自分が選ばれた」、「自分が求めていた」という考えを抱きやすく、その思いは根強いものである。

また虐待を正当化するために加害者によってその考えを植えつけられる場合がある。リンダさんは12歳の子が、「加害者は自分がゲイだとわかっていた、自分が欲していたのだ」と語っていた子の例を挙げている。「しかし想像してみて下さい皆様、5歳の男の子が大人を性的に誘惑すると思いますか? その子の責任ですか?」と目に涙を浮かべながら訴えていた。

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リンダさんは最後に、ワークショップの参加者一人一人が重要な社会資源であると述べ、この社会資源がネットワーク作りをすることをはじめ、統計も含めた適切な研究を実施し、信頼性のある情報を公表することが男性性被害者に対する偏見や烙印(stigmatization)を防ぐのにつながる、と述べている。

文責:千葉M.C.  田中 ネリ

 

ネットワークを作るためのワーク:
「男性サバイバーの支援のために何が出きるか?」

講座の最後の90分を使って、講師からネットワーク作りを体験するワークとして、「男性サバイバーを支援するのために、わたしたちは何が出きるか」ということを話し合うよう提案がされました。このワークの手順は次のようにします。
なお、下記にこのワークでの報告の一部を転載したので、ご一読下さい。

  1. 参加者の職種や立場や分野などで下の6グループに分け、15分間話し合います。記録係を1人選びます。ただし、安全のために、サバイバーのグループは作りません。
  2. 次に各グループの半数が、隣のグループに移動し合流して、再び同じテーマで話し合います。つまり、この段階で2つの異なる立場の人々が、意見を交流させることになります。
  3. さらに、2で出来たグループの半数が、他のグループへ移動して話し合います。この段階では3つの異なる立場の人が意見を交流させることになります。
  4. 最後に、全体を2つのグループに分けて話し合い、結果を発表します。
  • カウンセラーや精神科医や援助職

  • 子どもの虐待防止に関わる人やCAPや教師

  • 行政・警察・司法など

  • 学生

  • マスコミや新聞記者やテレビなどメデイア関係者

  • その他

性虐待の援助のためには、ネットワークを作ってゆくことがたいへん重要です。そのネットワークも、(1)同じ職種や分野で形成する(たとえばカウンセラー同士など)、(2)異種の職種や分野が交流して形成する(たとえばカウンセラーと教師と警察など)、というの両方のネットワーク作りを体験してゆく必要があります。このワークでは、その両方を短時間で体験することができておもしろく思いました。

なお、90分では短いと感じましたが、しかし講師はネットワーク作りのアイデアを教えてくれだだけなので、また別の機会により多くの時間をかけてこのようなワークをすると良いと思いました。
また、多様な人々がが集まるとコミュニケーションのすれ違いもあり、アサーティブな発言の仕方も必要だと思いました。
この方法は、他のいろいろな分野や問題でも活用できると思うので、さまざまに活用してみて下さい。

わたしは当日会場にいて、男性サバイバーを支援するために60人もの人が立場をかえながら、90分間も話し合っている様子は、ほんとうに感動的な出来事だと感じ、うれし涙が流れてしまいました。長いあいだ、努力してきたかいがあったなあと思いました。

◆グループA(3回目の大きなグループでの話し合い)

<できること>

  • 自助グループを紹介する。

  • 学校のPTAの講演などで、男性も性被害に遭うことなどを周知する。

  • アートセラピー・・・サバイバーが表現は、本人にとってとても大切だと思う。

  • 泌尿器科情報;被害にあると泌尿器科へ診察にゆくこともあるので、性被害に理解ある医師の情報を集め、提供する(学校で生徒にリストを渡すなど)。

  • CAPプログラム(子どもの虐待防止プログラム)を実施する・・・男性も性被害に遭うこと、その場合に女性とは違うしんどさを体験すること、「男の子が男性から性被害に遭うこと=ホモセクシュアルになる」ではないということなどを子どもたちに直接アピールできる。子どもの支援者となる先生に理解してもらうためにはたらきかけることができる。→「CAPの課題は、子どもたちから自己開示された性被害の話を社会化することだ」との意見も。

  • 小児科や保健所などに情報を置く。

  • 「あなたの話を全面的に信じるよ」という態度で接する。→「高校で子どもたちに語りかけている。2,3年で子どもたちの表情が変わってきた」(高校教諭)

  • 学校などで、子どもによい本を貸す。

<困難なこと>

  • を聴くことの難しさ。たとえば、せっかく自己開示してくれたのに、何と言っていいかわからなかった。

  • 文科省「家庭科では性について触れるな」とのお達しがきたのはおかしい。「性交」→「性的接触」という教科書改変も(!)

◆グループB(児童福祉や教師のグループ)

【児童福祉の分野から】
日弁連等の調査では、児童福祉施設(児童自立支援施設等)に入所している触法少年のうち、女子の約8割、男子の約6割が性虐待を受けた経験があると判明。
・ また、児童自立支援施設への入所理由は様々であるが、入所後の施設内で少年への性暴力(入所少年からの)も起こっている。

<で きること> 
児童自立支援施設で、性教育プログラムを実施。効果として、以下のことがあげられる。
 (1)自分が受けてきたことが、性暴力であったと気づく。
 (2)子ども自身のスティグマをとく。
 (3)命の誕生から伝えることで、自分の命の主体は自分であるということ、自分の大切さに気づく。

CAPプログラムを実施。効果として、以下のことがあげられる。
 (1)男の子も性被害にあう等の正しい情報を子どもに伝えることができる。
 (2)支援を求めても良い(相談できる)ということを伝えることができる。
 (3) 話を聴ける大人の育成。
 (4) 予防教育。
 (5) 教職員向けワークショップで、教職員のスティグマを壊していくことができる。
 (6) 保護者も性暴力について正しい知識を学ぶ機会を得られる。
 (7) エンパワメント。    

【学校現場で(教師から)】
子どもに対する教師からの攻撃(言葉の暴力、嫌がらせなど含め)で子どもの自尊心はとても傷ついている。
・ また、ジェンダーの問題(「男の子は泣くな!」等の抑圧)も大きい。
・ 教師からの性暴力も存在する。  

<できること>
 (1) 子どもひとりひとりへの言葉かけ。
 (2) 学校内での子どもの安全を図る。(問題教師の処分等)


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