カウンセラーや精神科医などが起こした
倫理違反事件を解決するために、わたしが気が付いたこと
2007年9月 くろたけ
精神医学やメンタルヘルスの倫理違反事件が起きたときの解決方法について、私が気が付いたことなどを、書きました。参考になれば、幸いです。
(1)【用語】 混乱をさけるため、ここでは、用語を次のように統一しておきます。
- 倫理被害者(注1) :精神科医、カウンセラー、弁護士、研究者などの専門職から、倫理違反の被害をうけた人。
- 専門職 : カウンセラー、精神科医、弁護士、研究者など、支援や研究を職業もしくは準職業としている者。
- 支援者 : 倫理被害者を支える人々。家族、友人、支援を職業としてしていない一般の人々、専門職など。
- 倫理違反 : 専門職や支援者の支援における誤り・間違い・倫理違反・有害事象・医療過誤・医療ミスなど。
(注1)「倫理被害者」「倫理被害」という言葉は、学会や専門職の集まりで倫理違反事件の解決策を提案するおりに、わたしが新たに作った造語です。
(2)【解決までの流れ】 私のこれまでの経験から、倫理違反事件を解決するときの望ましい流れは、次のごとくです。
- 倫理被害者・専門職・仲介者・が集まって、倫理違反を引き起こした原因、被害者のケア、その後の対応などを、率直に話し合う。場合によっては、家族や友人も同席する。
- 専門職の倫理違反が明らかになれば、専門職は謝罪、説明責任などをする。
- 当事者の快復(ケア)をはかる。必要に応じて、専門職は、治療の提供や、治療費や賠償を負担する。
- 専門職のみを責めて終わりにするのではなく、周囲の関与する人や組織・心理系の学会、さらに当事者やその友人・家族もなにができたか、どうすればよかったかを検討する。
実は、このように関係者全体が参加し、なにができるかを検討することが、倫理違反を防ぐにはたいへん重要なポイントになります。また、できるだけ、その結果を社会や学会に還元する。- 倫理違反をした専門職がもし元の職に復帰するなら、再生・再発防止教育が必要になります。
専門職や支援者が自分の倫理違反を認めることは、心理的にたいそう辛いことだと思いますが、自己の再生のためには必要なことなのです。(現在は、専門職が倫理違反を犯した場合、もはやその分野での活動を断たれるような状況があり、その恐怖から専門職が責任を認めようとしてない場合があるようです)- じゅうぶんに問題の解決が進んだら、仲介者のもと、当事者と専門職が、問題を「水に流す」ことで、終結をはかる。「水に流す」とは、つまり感情面で両者が和解するという作業のことです。実はこの感情面での和解が、最終目標だろうと個人的には思います。
- なお、状況が深刻なほど、仲介者(オブザーバー)を立てる必要があると思います。
仲介者は、学会の倫理委員会でも良いのですが、現状のレベルではおそらく当事者の立場に立った解決は期待できないどころか、当事者にとって危険というべきでしょう。
仲介者が問題の裁定者・解決者とならないようにする。双方がじゅうぶんに言いたいことを言えるように配慮し、その結果、双方の力で問題解決できるよう助けることを心がけるのが良い。- 仲介者は、双方の参加者に了解をとって、話し合いの録音をすること。
(3)【倫理違反への対応】 専門職の倫理違反が明らかになった場合の対応は、「傾聴」「真実説明」「謝罪」「再発防止」が4点セットだと、わたしは考えてます。
- 倫理違反や倫理被害の訴えがあったとき、専門職なり相談員は「傾聴する」ことが一番重要です。傾聴することで、誤りの原因は何であったかを検討するとともに、当事者の傷つきを補う方法について明らかにできるようになります。
- 「説明責任」が必要なことは、いうまでもありません。
- 倫理違反が明らかになったとき、なんといっても、「謝罪」することが大切だと考えます。わたしの専門職から被害の場合は、謝罪してもらうことで、すごく楽になりましたた。この謝罪の必要性を、どうも世間はじゅうぶんに理解していないように思います。
- 専門職の一番まずい対応は、「逃げる」ことです。逃げれば、最初の倫理違反に加え、さらに倫理違反を重ねることになります。カルテの書き換えなどの隠蔽工作、弁護士の介入させて圧力をかけたり、当事者を精神的に傷つけて泣き寝入りを強いるケースは、悪質といわざるえません。
(4)【倫理被害者と支援者の関係】 倫理被害者と支援者の理想の関係は、「何でも言えるようになる」こと。
- わたしの経験から言うと、支援の関係を結ぶ最初の段階で、倫理被害者のほうからは「もし傷つくようなことがあったら、すぐに傷ついたと言います」とか、あるいは支援者のほうから「傷つけるような言動があったら、すぐに言ってくださいね。できるだけすみやかに対処法を考えます」と言っておくとよいと思う。
- 倫理被害者は、傷ついたとかおかしいとか思ったとき、その場か、できるだけ早い内に、そのことを告げるようにこころがけると良いでしょう。この時、しばしば、支援者が逃げたり、ごまかしたりすると、関係が悪化することがある。話し合えないまま問題が潜在化すると、その問題がずるずると未来への関係にも良くない影を落とすようだ。対応はあくまで誠実に。そのいっぽうで、倫理被害者がいきなり怒りを爆発させると、支援者も身構えざる得ない。
- 倫理被害者は、なにかおかしいと思ってもそれを言語化できないときは、「なんだかわからないけどイヤだ」とか「ことばにできないけど、ちょっと待って欲しい」と、とりあえず言っておく。「NO」と「YES」の間のグレーゾーンの表現を学ぶとよい。
- また、支援者から言えば、倫理被害者の「沈黙」の部分に耳を澄ませる能力が必要になる。沈黙を顕在化させることを助けることが、支援の作業の一部なのだから。
- 倫理被害者が、自分の気持ちを、「自分の言葉」で表現できるようになることが大切。表現できないとき、支援者は「待つ」ことが大切。「待つ」ことはいろんな場面で重要になる。
- 支援者も、支援がしんどくなったら、「今は、しんどいので、ちょっと休ませて」「しんどくなったので、今日はもう話が聴けない」と言えるような関係が良いと思う。支援者自身のケアの必要性は言うまでもないので、ここでは言及しない。
- なお、職業としての専門職の倫理違反と、そうではない一般の善意による支援者の倫理違反の違いをどう考えるかは考慮中です。
(5)【苦言は、宝である】
実は、支援=被支援の関係のなかでおきるトラブル・苦言・傷つき体験は、財産になるし、支援の質を向上させ、当事者=支援者の質をあげる良きリソースにもなる。
それは個人レベルであっても、学会や組織レベルであっても、宝になる。
「苦言は宝」というスタンスで、つねに倫理違反に望む姿勢が望ましいように思う。
(6)【対話は、「アサーティブ」が基本】
- 話し合うときは、「誠実に、分かりやすく、対等の立場」で、アサーティブに話す。
- 特に、倫理被害者は、相手が自分よりパワーのある専門職だと気持ちをなかなか言えないことがあるし、逆に専門職がミスを犯したときは一転して、一方的に怒りを爆発させることがあるので、つねに、「誠実に、分かりやすく、対等の立場で」という気持ちを意識すると良いように思う。
- 逆に、支援者はその分野に精通している故に、また倫理被害者よりパワーのある立場にある故に、つねに「誠実に、分かりやすく、対等の立場」で話すことを意識することが望まれる。
- いずれにせよ、アサーティブ、アサーションなどといわれるのコミュニケーションの技術を学んでおくことはお奨め。アサーティブ、アサーションなどについては、ネット検索せよ。
(7)【伝えることが第一目標】
- 倫理被害者が専門職と話し合うとき、まずは被害者が「言いたいことを伝える」ことに専念すること。対話が決裂しても、「伝えることができた」ことをなにより、評価し、よろこぶべきだと思う。
- 伝えた結果、相手がどのような反応を示すかは相手の責任であって、相手の反応まで倫理被害者が支配(指示)しようとしないことが望ましい。
- なお、倫理被害者は、対話に先立って、言いたいことを、文章化しておくと良い(箇条書きでも良い)。ひどい事件の場合だと、文章化すること自体が心理的に大変辛いということがあるが、文章にすらできなければ、相手を目前にして意見を言うことはさらに辛くなり、結果、何も言えないということになりかねない。
- 謝罪の条件や賠償の内容については、倫理被害者は自分の希望する条件をすべてあげるべきだと思う。そのほうが、後々、悔いを残さない。ただし、実際の交渉では、譲歩すべき点が生じることもある(何が何でも完全に希望をかなえようとしないことが必要となることも起きてくる)。当面は、希望はかなわないが、学会や社会を変えてゆく必要があるという重要な条件もある。
- 倫理被害者や支援者は、相手との対話のとき、相手を罵倒したり、人格を傷つけることを言わない。仲介者はこの点に気を付ける必要がある。というのは、人格非難の発言をしたために、その発言のみが問題にされ、本来の問題が解決しない場合がある。また、悪質な場合には、倫理被害者をわざと怒らせる発言をし、被害者が人格非難の発言をしたのきっかけにして、いっきに交渉を打ちきってしまおうと計画しているようなケースもある。
- 倫理被害者は、原則として、相手の行為を問題にすべきであって、相手の人格や他の活動などを取り上げて非難することは望ましくない。つまり、迷惑を被った倫理違反の行為のみを、原則として取り上げると良い。
(8)【謝罪について】
- 専門職や支援者は、「納得がいったら謝罪する」のが原則。なだめるための謝罪や、その場から逃げるための謝罪、告発避けるために謝罪することはよくない。
- 専門職は、「限界を超えた謝罪」をする必要ない。しかし現在、専門職が想定している謝罪や説明責任の「限界」は、低すぎる。
限界を超えた謝罪とは、土下座を要求されたり、自殺するなど。
(9)【専門職の同僚の義務】
倫理違反をした専門職から同僚や上司などが相談を受けた場合で、倫理違反が明確な場合は、同僚(専門職の同僚など)は、倫理違反の責任を取れるように励まし続けるべきである。
「仲間かばい」や「責任逃れ」「倫理違反者の立場にたった」のアドバイスはしない。また倫理違反した者を「孤立」させるのも、同様に良くない。
孤立は、専門職の悩みを増長させ、結果、なにより倫理被害者の苦痛も長引くこととなる。
常に、その支援者の迷いや悩みに耳を傾けながら、プロ意識や勇気を喚起し続け、誠実に責任を取れるように励ましつづけるのが良いと思う。
(10)【学会の課題】
- 学会や専門職らの、専門職による倫理違反に対処しようとか、解決しようとする意識は、低すぎると思う。
- 今後、学会レベルでは、倫理綱領を設けてネットなど公開する、第三者による倫理員会と相談窓口の設置、専門職の倫理違反や倫理違反の実態調査、謝罪ガイドラインの策定、再発防止策の策定が必要だろう。
- また、倫理委員会に、元クライアントを参加させるようにすべきだろう。
- また、倫理違反事件について、専門職をスーパーバイズできる「スーパーバイザー」の育成が必要だ。