NHK性暴力被害者2次加害抗議声明

くろたけによる注釈

この声明は、2001年の戦争犯罪についてのNHKの番組で、NHKが従軍慰安婦の方々の証言を放送前に削除した問題、およびその削除は自民党議員が圧力をかけたためであるとされることに対する声明です。また、この事件が明るみに出ると、NHKへの不信感が増し、NHK受信料の不払いが急増しました。

この事件は、戦争サバイバー(性暴力被害者)の重大な証言を、マスコミと政治家が闇に葬ろうとした二次加害(二次被害)の問題であり、サバイバーにとって見逃すことができないとわたしは考えています。

従軍慰安婦という甚大な人権侵害が現に存在したこと、およびそれが日本国家による戦争犯罪であったことは、すでに国連がおこなった調査で明らかにされており、いまさら隠すべきことではありません。

また、戦時では女性のみならず、男性も数々の性被害や性虐待を受けていますが、男性にたいする戦時性暴力の実態解明はこれからの課題となっています。

性暴力は、それが平和時であろうと、戦争時であろうと、どちらも許すわけにはいきません。

アジアの従軍慰安婦といわれる勇気ある女性のみなさんの発言のおかげで、戦時性暴力の実態がようやく歴史の明るみに出たことは、「性暴力の歴史」を考えたとき、実に歴史の転換となった特筆すべき出来事だと思います。彼女たちの行動に謝意を呈したいとわたしは思っています。

世界の安全と非暴力、そして戦争のない未来を望むなら、戦時性暴力を報道で取り上げたり、歴史教科書に記載することは少しも不自然なことでなく、むしろふさわしいことだと考えています。

 

以下は声明の本文

NHK性暴力被害者2次加害抗議声明

2005年

柳本 祐加子(スクール・セクシュアル・ハラスメント防止全国ネットワーク)
辻雄作(「男→女。僕は暴力を選ばない ホワイトリボン・キャンペーン日本」)
くろのたけと(男性サバイバー)

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敗戦より60年を迎えた今日、改めて戦時性奴隷制に関するNHK報道について抗議をする声明を発表いたしました。

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NHK性暴力被害者2次加害抗議声明

敗戦60年を迎える今日、改めて今年(2005年)1月に発覚したNHKならびに阿部晋三・中川昭一氏の性暴力被害者への2次加害(戦時性奴隷制証言の放送中止)に対する抗議を表明します。

すでに多く人々・団体が声を上げ、抗議の行動を起こしているとおり、NHKは教育テレビで放送されたETV 2001 シリーズ「戦争をどう裁くか」第2回「問われる戦時性暴力」(2001年1月30日放映)において、政府・与党政治家の介入によって番組を改編し、「女性国際戦犯法廷」(2000年12月)における戦時性暴力サバイバーの証言をカットしました(報道が1月12日付「朝日新聞」朝刊)。

その事実は、翌13日の番組担当プロデューサーの内部告発記者会見によって裏打ちされています。

私たちは、この件は性暴力被害を受けたサバイバーにとって実に重大な問題をはらんでいると考えます。

多くの個人・グループ・メディアが指摘しているように、為政者、特に政府与党の政治家の圧力によって公共放送の内容が事前にチェックされ、改編されるという事態は、メディアの独立性や言論・報道の自由に対する重大な背信行為であり、市民の知る権利は著しく侵害され、決して見過ごせません。

しかし、私たちは、その「大きな事実」に隠されがちなもう1つの事実に激しく憂慮し、心を痛めるものです。

カットされた映像の中には中国山西省の旧日本軍による元戦時性奴隷サバイバー万愛花さん証言がありました。彼女は、この証言の最中ずっと涙を流し、「日本軍による暴行のために骨盤が破壊され、身体が変形し、今でも身体が痛い」などと必死に語り続けました。そしてその場に倒れ込んでしまい、救急車で病院に運ばれました。

私たちは、彼女が身に起きた事実を記憶から取り出し、それを聴衆に打ち明けるのが、どんなにつらかったかとてもよくわかります。そしてあまりの苦しさにその場に倒れこまざるをえなかったこともよく理解できます。

PTSDと一言で言ってしまえば簡単ですが、半世紀以上前のことであれ、性暴力被害を受けた人が、たとえ周りにいるのが彼女または彼の話を信じ、支持と共感を寄せてくれる人たちであっても、恐怖や悲しみを思い出すことは耐え難い感情の揺さぶりを伴うものなのです。ましてや彼女は高齢でした。

しかしながら、そのことを承知であえて彼女は自分の被害の回復、すなわち加害者・責任者の処罰と日本政府の謝罪と補償を求めてあえて証言されたのだろうと推察します。

性暴力被害は、加害者から受けた直接の1次被害とともに、あなたに落ち度があったと誹謗されたり、好奇の目で見られたり、あるいは被害の事実そのものがなかったとことにされ存在を抹殺される、などの2次被害によっても、苦しめられ続けます。

誠実に加害者・責任者処罰と謝罪と補償に応えようとしない日本政府への怒りと憤りゆえでしょう、彼女は、力を振り絞り、存在をかけてつらい過去を打ち明けたのだと思います。 

このような告白を前にした私たちがとるべき態度は、まず彼女の告白を傾聴することではないでしょうか。彼女の身に起きたことが事実であると認め、それを忘れず記憶に留める証人になるという意思を示すことです。

そしてその場に参加できなかった々は、記録を通して、貴重な証言に接することができます。特に映像はそのときの彼女の表情や声の様子などをあるていど伝えることができるので、貴重な媒体です。

そして全国ネットのNHKが彼女の証言を電波に乗せることで多数の視聴者が、戦時性奴隷(「慰安婦」)とは半世紀たっても被害の傷は癒えず、口に出して語るのも困難なほどつらい体験だったと、知る機会になり得たはずです。

私たちは、その機会を葬り去ってしまったこの問題は、次のような加害者の論理にのっとった行為であると考え、抗議の意思を明らかにしたいと思います。

◆番組内容に圧力をかけた政治家たち、それに屈して改編したNHKの改編行為は、戦時性奴隷サバイバーに対して、その事実を歪曲したり、なかったことにしようとする2次加害行為であること。

◆また、これらの行為は、万愛花さんを始めとする戦時性奴隷被害当事者のみならず、女性・男性・子どもを含むすべての性暴力被害者になされた2次次加害であり、被害者の声は一切無視する、信じないという意思の表明に他ならないものであること。

NHKが公共放送であることを考慮したとき、この改編は、曲がりなりにもこれまでの男性中心、加害者中心の歴史の反省の上に立ち、性暴力・女性に対する暴力を根絶し被害者の人権を擁護することをめざす国連や日本政府の方針に反していること。

同様に2人の政治家は、国連や日本政府の方針に反していること。

これらの行為は、最近の刑法改正(強姦罪の法定刑の加重、集団強姦罪の創設)、警察庁「女性・子どもを守る施策」などに見られる被害者の人権擁護、加害者の適正な処罰をめざす政策や動向に逆行するものであること。すなわち、従来の性暴力・女性に対する暴力を放置する「被害者に冷酷で加害者にやさしい」という姿勢が堅持されたものであること。

以上から明らかなように、NHKには、国際社会・国内の政策の流れを理解する能力がないということを意味し、このままでは公共放送を担うメディアとして重大な疑義があること。

同様に、当該の2人の政治家には国会議員や国務大臣の公的職務を務める資格がないということ。

私たちは、加害者や2次加害者が厳しくその責任を問われ、元「慰安婦」被害者を始めとするすべての性暴力・女性に対する暴力サバイバーが、心安らかに回復に専念できる公平な社会になること、そして性暴力が地球から一掃されることを心から願って、そして戦後60年を迎えた記念すべき今日、日本政府が被害者、国際社会の人々の願いを誠実に受け止め、このような重大な被害があったことを認め、真摯に被害者の声に耳を傾け、被害者の失われた正義の回復に取り組むことを心から願って、この声明を発します。

 


 

 

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